藤田嗣治の色彩と質感
三木学
2021年ポーラ美術館で開催された藤田嗣治の展覧会「フジタ―色彩への旅」の色彩分析を担当し、解説映像のための資料作成や分析概要をカタログに寄稿した。藤田の主な評価は、もちろん1920年代の「乳白色の肌」と称される、下地による独特なマチエールを生み出したことにある。西洋絵画の技法であるイリュージョンで質感を表現するのではなく、肌のシミュレーションを行い物質的に再現したのだ。
藤田がどのように肌の質感を再現したのか、近年の組成分析によってある程度わかってきている。鉛白に炭酸カルシウムを混ぜることで乳白色にし、タルクで油分と光沢をとることで、肌のような質感を生むと同時に、水性の墨を描けるようにした。その下地の艶消しと半透明の組成は実際の肌の構造に似る。そういう意味で藤田は、イリュージョンからシミュレーションに転換し、日本画の手法を取り入れることで西洋絵画に革新を起こした。
白と黒を中心としたその表現に、有彩色はほとんど含まれていない。しかし、30年代になると藤田は、照度の高い中南米を旅し、日本に帰国後も沖縄や秋田、アジアに足を延ばして、色彩豊かな表現を獲得していく。本展は、そのような藤田の旅と色彩表現にフォーカスを当てた企画だったのだ。
そこで、マンセル表色系をデジタル化した色空間に、絵画に含まれる色をプロットさせる手法で、藤田の作品がどのような色彩的傾向があるか調べることにした。20年代はもちろん非常に狭いモノトーンの範囲に分布している。
30年代の作品は、彩度の高い色を用いて、補色や対照色相などの色相の対比やトーンによる類似などを上手く使っていることわかった。おそらく、シュヴルール以降の色彩調和論も熟知していたのだろう。加えて、下地ではなく、絵の具の厚みの差で質感の再現を試みている。
藤田は「色彩の魔術師」と称されたマティスらと比較して、自分の優位性を出すために肌の質感を再現する手法を開発したが、決して配色も不得意ではなかったと思われる。本展は、藤田の新たな側面を上手く引き出したのではないか。本展の成果を継承し、藤田の色彩と質感について、新たな技術を使った調査を始めているので、改めて報告したいと考えている。