追悼 海上雅臣氏
1972年から2013年まで美術評論家連盟に在籍された海上雅臣氏が2019年8月28日に逝去されました。本来であれば昨年の会報に掲載すべき記事でしたが、美術評論家連盟を離れていらっしゃったこともあって、確認と掲載が遅れましたことをお詫び申し上げます。
海上氏は1931年に東京に生まれ、共に生きる時代の作家を世に出すことに心血を注ぎました。若くして棟方志功の作品を求めたことを契機として、神林良吉の名で棟方の画業を整理する4冊の画集を上梓し、1966年には壱番館画廊、1974年にはウナックサロンといった作品発表の場を次々に開設しました。八木一夫、工藤哲巳といった異端の作家たちを積極的に紹介した点は海上氏の本領を示すものといえるでしょう。なかでも前衛書家、井上有一に対する思いは強く、氏の情熱は書家としては例のないカタログ・レゾネ『井上有一全書業』の編集と刊行という大きな事業として今日に伝えられています。1950年代後半に一時的な注目を浴びた前衛書を再び世界の舞台へと押し上げ、国内外で多くの井上の展覧会を開催した業績は大きく、この功績によって2001年には第9回日本現代藝術振興賞を受賞されています。
自分が惚れ込んだ作家に対して全幅の情熱を持って接する姿勢は批評家としてもかなり特異に感じられます。とりわけ自らが後見を任じた井上有一について作品の展示や収集について美術館や関係者に強く申し入れる姿勢は時に誤解を生んだかもしれません。しかし流行を次々に乗り換える定見のない批評家に対して、自ら評価する作家を世に問おうとする海上氏の姿勢の一貫性は美術批評家の一つの在り方を示しているように感じられます。
なお、海上氏と井上有一との生涯にわたる交流については、ウナックトーキョーから発行されている『六月の風』に岡村千登勢氏の詳細な評伝が連載中であることを申し添えておきます。
2020年10月 編集委員 尾崎信一郎